残照①
- 2022.01.16
- 高齢者福祉
- sensin
こんにちは。
2022年もふたみ訪問介護ステーションを宜しくお願い致します。
昨年末のお話です。
年の瀬も押し迫った12月、忙しい日々の合間を縫って彼女が訪れたのは、度会町川上。
山中を流れる一ノ瀬川は、上流で倭姫命が旅の途中に立ち寄りのどを潤したという『川上の清水』の伝説で知られる。
「あッ、今年もきれいな実をつけてるなァ」
閑寂とした山中に聞こえてくるのは川の音だけ。そこで彼女が探していたのは南天の実。晩秋から初冬にかけて真っ赤な美しい実を付け、めでたい縁起物としてお正月に欠かせない花材である。
ふたみ訪問介護ステーションでリーダーを務める、出口氏。
彼女が毎年、この場所に足を運ぶのは、正月の飾り付けの門松を自作するにあたって、材料を調達するためだった。
収穫した材料を、親戚から借りた軽トラックに積み込んでいると、一人の老婦人が声を掛けてきた。
「やァ、今年もよう来てくれたなァ。ええのが採れたかいなァ。」
声の主は、このあたりの山林を私有地にしているM氏の妻だった。
「はい、おかげさまで。あ、先生、起きてきはった?」
「さっき起きてきて、いま朝ごはん食べとるとこよ」
「それやったら、帰る前に挨拶しとこうかなァ。けど、私のこと分かるやろか」
出口氏の言葉に、妻はため息交じりに苦笑する。
M氏は、出口氏の中学時代の恩師にあたり、彼女が所属したソフトボール部の顧問を務めた。
当時のM氏を振り返ると、とにかく、厳しく怖かった思い出しかないという。
一昔前のスポ根ドラマも真っ青の練習内容。
石段のうさぎ跳び(現在では成長期の膝関節に悪影響があるという理由で禁止となっている)に、足を取られる砂浜で体にロープをくくりつけてタイヤ引き。
毎日の部活はもとより、夏休みも冬休みも関係なく、早朝から日が暮れるまで練習三昧。365日休みなしだった。
そんなM氏だったが、定年を迎えるころには人が変わったように性格が穏やかになり、出口氏とも家族ぐるみで交流を深めるようになる。
年末の挨拶がてら、正月飾りの材料を頂きに上がるのが定番となっていた。
「ほんまに、こんなあっという間に進んでしまうもんかねェ」
3年くらい前からだろうか。M氏に認知症と思われる症状が現れ始め、徐々に物忘れが目立つようになる。
やがてそれは急速に進行し、親しい人の顔と名前がわからなくなるまで、それほど時間はかからなかった。
次回に続きます。